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(株)総合情報通信システム研究所所長  金谷 仁史さん
柔らかな物腰と人なつっこい笑顔に加え、軽妙な語り口調で、相手をどんどん自分のペースに引き込んでいく。好奇心が旺盛で、これはと思ったら、その本質を理解しようとあらゆる角度から研究をはじめてしまう。人間的な幅の広さ、奥行きの深さも、そうとうなもの。様々な経歴をお持ちの金谷さん、あなたはいったい何者なのでしょう?不定期になりますが、今後シリーズで追いかけていきたい、魅力ある人の紹介です。



●何にでも興味があるけれど、やるからには徹底して極めていきたい。
----学生時代からビジネスを手がけられていたそうですね。
同志社大学に6年間お世話になりました。どうしてなんでしょうね。自分では普通にやってるつもりなんですけれどね(笑)。私、これ面白いと思ったら、とことんやってしまう性格なんです。それで、学生時代に友人たちとスキーバスの企画をして、かなり大規模にツアーを出してました。他は学生らしく安いツアーなのですが、私達がやったのは、倍以上の値段がするんです。でも、内容はしっかりとしていて、魅力的なものだったんですよ。カタログもカラーでちゃんと印刷して。デザインやコピーも必死に考えたし、印刷会社に行ってオフセット印刷とはなんて、教えてもらったりしてました。それともう一つ、ハイエンド・オーディオの会社にもアルバイトというか準社員というか行ってました。真空管の高級アンプメーカです。その頃、現行商品でプレミアがついた超人気商品です。その会社で、商品管理から、開発、営業、メンテナンスまで、殆どの業務に携わりました。それがこうじて友人と、hyオーディオラボというブランドを立ち上げたんです。私は、根っからの工学屋かもしれません。子供の頃から機械を触ることが好きだったので、時計やラジオを分解したり、高校時代は放送部でミキサー卓やアンプも作ってました。そうそう、ラジオや無線の専門雑誌のグラビアに、自作のアンプが取り上げられたこともあるんですよ。

----卒業後はそのままオーディオ会社に就職したんですか?
いやいや、それがひょんなことから、とんでもないことに巻き込まれてしまって(笑)。親戚筋の人(S氏)に頼まれて、某製鉄会社の火造り材寸法測定制御システムを開発したんです。(S氏)はもともと車のデザイナーだったのですが、田舎に戻ってきて時計の営業をしていたんです。で、某製鉄会社に出入りしていて、たまたま話に出たことをスケッチして担当者に見せたら、それに予算がついちゃった(笑)。ただのスケッチですよ。絵コンテです。それも2000万円弱。それで(S氏)が、何とかしなきゃと思いあぐねて、工学部で勉強してるなら、大丈夫だろうと、私に声をかけたんです。ビックリしましたよ。でも、これはチャンスだと思った。工学好きな私には、たまらなく魅力的な話だったんです。もちろん紆余曲折がありましたが、一応うまくいった。ここで4bitのコンピュータを使う経験をしました。これに続く仕事などで、ポット出の学生上がりが、いつのまにかロボット開発業になっていきました。オーディオ会社の人には怒られましたよ(笑)。当然就職するものだと思われてましたからね。私をどう使おうか、という話になっていたようです。

----ご自分で、どんどん運命を切り開いていくタイプですね。
ロボット開発業をしばらく続けた後、計測関係の仕事をしたんです。ダムのコンクリート壁の計測です。凄い水圧がかかるでしょう。動くんですよ、あの分厚いコンクリートの壁が。何センチも。最初は、ただ計測機械を設置するだけだったんですが、ちょっと好奇心があって(笑)。それで、大阪の高層ビル建築の大深度掘削の計画に関わりました。当時34階建てといえば、超高層ビルです。地下何十メートルも掘って、コンクリートの壁を作り、まわりが崩れないようにしてから、本格的に掘り出すんです。そのコンクリート壁の歪みを毎日計測するんです。で、数字をゼネコンの担当者に提出するんですが、それならこういう数字に直したほうがわかりやすいし、コンピュータを使って計算したら速いんじゃないかって、思いついてしまったんですね(笑)。自分では、一々手作業で計算するのは面倒だから、楽をするつもりで提案したら、すっかり気に入られてしまって。それで、土木計測の専門家ということになっていきました。某駅ビルの建替え時の計測計画をはじめ、大阪周辺の大深度掘削の計画をたくさん手がけました。

----専門の学会で、論文を発表した経験もお持ちなんですね。
それも、たまたまなんです。私の人生は、たまたまが多いんです(笑)。さっきお話したように結構大掛かりな土木計測の仕事をやってきたので、色々と大手の会社とお付き合いするようになっていました。それである時、大手ゼネコンでさせて頂いた仕事で、報告書を一緒に書いたんです。そうしたら、その報告書が、論文として専門学会で発表されたんです。まだ7年ぐらいしか経験が無いのに、ちょっとビックリしました。そこで、土木技術士の資格をとって、土木業界にどっぷり浸かるかどうかを考えましたが、これから勉強するのもシンドイし(笑)。24時間の地震監視装置と連動した自動計測システムの開発や原発、海中トンネル掘削など、様々なプロジェクトに関わってきたので、そろそろいいかな、という思いもありましたからね。前から少しずつ芽ばえていた、独立しようかなという思いが強くなってきたので、思い切って知人と一緒に大阪に事務所を構えてしまいました。ヴォルフシステム(VOLF)という名前です。特に意味はありませんが、石油会社のエクソンという世界的な会社が、社名を決める時のネーミングルールに沿って作りました。たまたま、私がその資料を入手していたんです(笑)。

----それからデザイン関係の仕事に関わっていくんですね。
ちょうど16bitパソコンの幕開けの時で、某メーカの第1号機を手に入れたんです。当時は16色の色が表示されること自体が新技術だったのですが、ちょっとしたアイデアから色の組み合わせをしていくことで、86色が表示できることを思いついたんです。それもスピーディーに。新聞にも記事が出ました。そのくらい画期的なアイデアだったんですね。それで、学生時代にスキーツアーのパンフレットを作った経験があったので、これはデザインに使えると。すぐに、カラーカンプを短時間できれいに作れるシステムとして、デザイナー用に開発したんです。PCの性能向上に伴ってバージョンアップを繰り返して、一時期は売れましたが、長続きはしなくて・・・。全国規模でそのシステムを使ったコンテストを開催したり、会報誌を発行したりしました。バブルがはじけて急激に実績も落ち込み、会社も当初の構想どおりは進まなくなりました。40過ぎてましたから、再就職といってもね。それから半年ぐらいは、これといった仕事もせずに、フラフラしてました。私の中では、充電期間と位置付けています(笑)。時代はCD-ROMコンテンツの方向へ動き出していました。インターネットの直前の時期です。そこで、友人のアーティストから作品を提供してもらい、CD-ROMコンテンツの制作、販売をはじめることにしました。



●高齢化と国際化の中で、ネットワーク上の認証と社会構造上の認証の一致を見極めたい。
----その頃って、阪神大震災があったときですか?
そうです。いよいよ本格的にCD-ROMコンテンツを売り出そうと思っていた矢先に、阪神大震災です。趣味趣向品など売れるわけもありません。ここで、またまた大ピンチです(笑)。ちょうどその頃、大阪の通産省で補助事業の説明会があって、応募したんです。新規性があって斬新な提案なら採用される。創業半年の何も実績の無い会社でも大丈夫ということで。そこで普段から考えていたインターネットについて提案書を出したら、採用されたんです。現在インターネットの中で流行っているバーチャルタウンのようなものです。それから、いただいた予算を全部使って、ビジネスモデルを作り、会社の規模を拡大していきました。ところが、ここに大きな落とし穴があって。普通は、いただいた予算の何割かで仕事をして、後は税金や返済などに充てて、安定した資金繰りをするらしいのですが、私は、全部使ってしまった(苦笑)。結局、この会社は失敗して、大撤退。

----でも、それから1年ごとに様々なプロジェクトを立ち上げられていますね。
実は、これもたまたまなのですが、街づくりを真剣に考えている建築家の人が、情報システムについて詳しく知りたいということで、私の考えをお話したことがあるんです。世界に広がるインターネットというのは、私の考えでは、少し違うんです。広がるのではなくて、閉じようとしているのが、インターネットという世界の本質だと思います。もちろん世界には繋がっていますが、何々したい人、興味がある人は、ここに来なさい、ここにいるんだよ、という構造がありますから。そのような特定の場所では、関係の無い人は排除されていきます。それとインターネットのような情報システムが普及して、街の人たちが本当に満足するかというと、どうでしょう?世界のニュースや地球の裏側の天気がどうだということよりも、裏通りのドブ板が外れているから気をつけて、というような生活に密着した情報が地域ネットワークコンテンツのメインになりオープンネットワーク上で利用できるようにならないと、何も変わりません。こうしたことがきっかけで、大阪のある地域の地域ネットワーク構想や資格認証システムなど、ICカード等を利用した地域情報システムを企画、研究するようになりました。

----これからどのようなプロジェクトを立ち上げていかれるのでしょう?
高齢化と国際化が急速に進んでいる現状を考えると、先ほどお話した認証システム、セキュリティーシステムを基本にした、地域ネットワークづくりが必要になってくると思います。これは、情報システム構造と社会構造の融和を意味しますから、まずは基本となるネットワーク上の認証と社会構造上の認証の一致を見極めたいと考えています。私は、何でも自分で作り出していくのが好きなので、前を向いてどんどん進んでいくうちに、それなりの引き出しを増やしていくタイプです。またそうしていかないと、生きている気がしないんですね。ゴメンナサイ。ちょっとカッコつけてしまいました(笑)。ただ、物事の外面を知れば、とりあえずOKというのは、性に合わないんです。本質を見抜きたい。そこに何があるのか、そこを知ることで、どんな広がりがあるのかというのが、気になるし楽しくてしょうがないんですね。世界中にいる頭の良い人にチャレンジしていきたいというのが本音でしょうか。やっかいな性格ですね(笑)・・・。



金谷 仁史プロフィール
1974年、同志社大学工学部化学工学科卒
1975年、某製鉄会社向け火造り材寸法測定制御システム
1979年、土木計測/管理システム
1989年、グラフィックシステム(デザイン/クリエイティブ)
1991年、CD-ROMコンテンツクリエイティブ
1994年、アクティブコンテンツシステム・公募事業
1996年、地域情報化ネットワーク構想創出
1997年、地域情報化支援システム整備事業受託
1998年、地方中規模ゼネコン全社総合情報システム
1999年、資格認証システム(MPC)特許取得、基本開発
2001年、福祉系事業支援システム開発事業参画

1950年生まれ、動物占い的には感情的なライオン